ヒプノセラピーが導いた、40年ぶりの父との再会①

会いたいと思うまで

私には、40年以上会っていなかった実の父がいます。
「いつか会ってみたい」と思いながら、なかなか行動に移せずにいました。
けれど、ずっと会いたいと思い続けていたわけではありません。父を思い出すことさえ、ほとんどない時期もありました。

そんな私が、ヒプノセラピーをきっかけに、40年以上の時を経て父と再会することになりました。
今回は、その私自身の体験について書いてみようと思います。

母と二人で過ごした時間

幼い頃に両親が離婚し、私は母に引き取られました。母は父のことをほとんど話さず、私も尋ねませんでした。幼いながらに母の苦労を感じ、父の話題を出すと母が悲しくなるのではないかと思っていたからです。
父は母にとって嫌な人なのだろう。母の表情から、いつの間にかそんな印象を持つようになっていました。
父方の祖父母や親戚がどんな人たちなのかも知らず、父の写真も記憶も、ほんのわずかしかありません。一度だけ、通っていた保育園に父からクリスマスプレゼントが届き、受け取ったことを覚えています。

働く母と二人の生活は、寂しいときもありました。
それでも、幸い近くの親戚や友人に恵まれ、何より母の愛情を独り占めできた、かけがえのない時間でもありました。

仕事を終えた母が、夜遅くにリカちゃん人形の洋服を手作りしてくれたこと。
クリスマスや誕生日には特別な料理を作ってくれたこと。
鉄棒で逆上がりができるようになったら、好きな文房具を好きなだけ買ってくれたこと。

決して余裕のある暮らしではなかったけれど、母が私のためにたくさんのことをしてくれたのを覚えています。

父のことを思い出すまで

やがて母は再婚し、私は新しい父と母のもと、生まれ故郷から遠く離れた東京で育ちました。
その後、実の父を思い出すことはあまりありませんでした。
過去を振り返るよりも、目の前の生活や外の世界に関心が向いていたのでしょう。
成長するにつれ、母を独り占めしていた幼い頃とは違う距離感も生まれていました。

そして結婚するとき、初めて自分の戸籍を見て、実父の名前を知りました。
名前すらこの時まで知ることはなかったのです。
その名前から調べてみたこともありましたが、手がかりは得られませんでした。
さらに時が経ち、育ての父を見送り、自分自身も親になりました。

「実の父は、どんな人なのだろう」
「子どもたちにとって、祖父という存在は大切なのではないか」
「自分の半分のルーツがわかるなら、知りたい」
「もし会えるなら、一度会ってみてもいいのではないか」
そんな思いが、自分の中にあることに気づきました。

それまでは、育ててくれた父への義理のような気持ちもあったのかもしれません。
けれど、実父に会うための手がかりはなく、母に尋ねることも、所在を探すこともできずにいました。
そうしているうちに、日々の生活に追われ、会ってみたいという思いも、また少しずつ薄れていきました。

思いがけず口にした言葉

そんな折、日本ホリスティックアカデミーで年齢退行療法を学んでいたとき、受講生全員が村井啓一先生のセッションをクライアントとして体験する機会がありました。
「どんな課題でセッションをしますか?」
そう尋ねられて、自然と口をついて出たのは、

「40年以上会っていない実父に、会う決意を持てるようにしたい」
という言葉でした。

振り返ってみると、その前に先生ご自身のお父様についての思いやエピソードを聞いたことが、影響していたのかもしれません。
そしてセッションの前日には、父と一緒に写っている唯一の写真があったことをふと思い出し、探していました。
結局、その写真は見つかりませんでした。
長いあいだ、思い出すことも少なかった父のことを、私はいつの間にか、もう一度考え始めていたようです。
次回は、セッションの中で体験した、幼い自分との再会について書いていきます。

次の記事|40年ぶりの父との再会②「海岸で出会った幼い私」

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